兵庫県のスタートアップから見える淡路の未来
少子高齢化や人口減少といった課題に尽力してきた兵庫県産業労働部新産業課長の木南晴太氏。現在はスタートアップに関するさまざまな施策や、空飛ぶクルマなどの次世代産業の振興に携わっている。スタートアップの現状や地域に期待したいことなどについて話を聞いた。
木南晴太
兵庫県産業労働部新産業課長
兵庫県神戸市出身。1996年兵庫県入庁。国土計画や環境政策などの業務を経て、企画部ビジョン課では「あわじ環境未来島構想」や「ひょうごビジョン2050」などの計画づくりを推進。2022年に産業労働部新産業課長に就任し、スタートアップ施策と成長産業の振興に携わる。
さまざまな施策で課題解決型の事業を支援
兵庫県のスタートアップ施策は、平成25年度に女性起業家を支援する事業から始まりました。その源流を遡っていくと阪神・淡路大震災に辿り着きます。震災5年後に、被災地の困りごとをコミュニティ・ビジネスで解決し、かつ金銭が発生する仕組みを考える事業を支援する目的で、「生きがいしごとサポートセンター」を設立。兵庫県のスタートアップ施策は、20年以上の実績があるともいえます。
これまでにないビジネスモデルによって新しい市場を創り出し、短期間で急成長するユニコーン企業を育成するのが元々の施策目的でした。しかし、今年に入って見直しを図り、これまではビジネスの対象ではなかった社会課題の解決に取り組む事業を大切にする、新たな視点を取り入れました。スタートアップ主体というよりも、課題解決主体に方向転換した形です。
現在、成長支援、支援、場づくりという3つのステージに分けて展開。成長支援ではアクセラレーションプログラムの「SDGsチャレンジ」や地域課題と企業をマッチングさせ、課題解決を目指す「ひょうごTECHイノベーションプロジェクト」など、支援では起業資金を補助する「起業家支援事業」や「ポストコロナ・チャレンジ支援事業」などを行っています。また、場づくりではコワーキングスペース「起業プラザひょうご」の運営といった具合に、さまざまな施策を進めています。
これまでの取り組みで感じたのは、個人的な経験から課題を解決したいという思いから始めた事業が多いことです。例えば、株式会社フードピクト(神戸市)は、創業者の菊池信孝さんが学生時代にイスラム圏からの留学生をもてなした際、安心して食べてもらえる日本食を紹介できなかった経験が起業のきっかけになっています。
どんな食材が使われているのかを世界共通で理解できるピクトグラムを制作し、年間のライセンス料をホテルや飲食店などからいただくビジネスです。現在は、プラントベースの商品開発にも取り組み、ピクトグラムの次の事業にすべく注力しています。このような社会課題の解決にこそ、自治体が支援する意味があるのではないかと思っています。
「食や農」のスタートアップを支援する拠点に
兵庫県は摂津、播磨、但馬、丹波、淡路という5つの国から成り立っている多様性に富んだ地域です。それぞれ歴史や文化、地形、風土、気候が異なるため、産業や産物の違いがスタートアップの分野にも表れています。例えば臨海部に工場が多い摂津や播磨はものづくりが盛んで、震災後に医療産業都市として発展した神戸には、医療系のスタートアップが集まっています。
淡路は多種多様な魚介が獲れるだけでなく、タマネギをはじめとした農産物も豊富。さらに淡路牛に代表される肉用牛の産地でもあります。そして、洋食文化発祥の地である神戸とも近いのが特徴です。もともと兵庫県全体が「食や農」に深く関わっていて、その拠点を担うのが淡路なのではないでしょうか。
実際に、パソナグループによる農家レストランやオーベルジュといた飲食店や施設が多数オープンしています。私が子供の頃に海水浴でよく訪れていた西浦(淡路島西岸の総称)は、今では若い人たちがこぞって遊びに行く人気エリアに様変わりしています。「自然と暮らし研究所」は立ち上がったばかりの施設ですが、これから「食や農」で起業したいという人たちが、交流できる場になることを期待しています。
兵庫県には、「起業プラザひょうご」のブランチが尼崎市と姫路市にあるほか、商工会議所や民間業者がやっているものなど、たくさんのコワーキングスペースがあります。起業の相談相手になってくれるコーディーネーターがいる施設も多く、彼らが兵庫県内にいるさまざまな人たちを繋ぎ合わせてスタートアップを促進させるような、そんな仕組みができないかと考えています。
淡路には、島の中央に位置する洲本市に「Workation Hub 紺屋町」というコワーキングスペースがありますが、北淡路エリアの拠点を「自然と暮らし研究所」が担うこともできるでしょう。パソナグループのネットワークを活用して、淡路だけでなく、東京をはじめとした遠い地域の人たちとも出会いを創出してくれる。そして、ここに行けば、何か学べるんじゃないか、面白い人と出会えるんじゃないかと思わせてくれる。そんな存在になってくれればいいなと思います。
住民が力を合わせて課題を解決する地域を目指す
もう少し先のことを考えると、地域の困りごとを住民たちが自ら解決し、そのコミュニティの中でお金も回る仕組みをつくることも大事だと考えています。実は「生きがいしごとサポートセンター」では、得られる報酬は少額でもよくて、地域の役に立ちたいという相談が増えています。手の空いている人たちが集まって、小規模の事業をするイメージです。
そう考えると、これまでの会社という器にこだわる必要はなく、単なる人間集団でも起業は可能です。例えば、昨年10月に施行された労働者協同組合法は、住民が皆で意見を出し合い意思決定を行い、地域の課題を自ら解決していく新しい法人をつくるための制度として注目されています。 皆が満足しながら働き、自分たちの力で地域を少しずつ良くしていく。兵庫県内にそんな地域を少しでも増やしていくのが私の目標です。