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地域循環共生圏の実現のために必要なこと

2018年に環境省が第五次環境基本計画で打ち出した「地域循環共生圏」。エネルギーや食、観光資源は地域にあり、地域で循環させることで脱炭素社会を目指す概念を示したものだ。2022年7月まで環境省事務次官を務めた中井徳太郎氏に、この構想に関する話を聞いた。

中井徳太郎
環境省 前事務次官

1985年大蔵省(現財務省)入省。東日本大震災後の2011年に環境省へ異動し、総合環境政策局総務課長、大臣官房審議官、総合環境政策統括官などを経て、2020年事務次官に就任。被災地の復興に尽力すると共に、持続可能な社会の実現に向けたプロジェクトを推進。退官後は日本製鉄の顧問として、2050年カーボンニュートラル達成のための施策に携わる。

構想が生まれたきっかけは東日本大震災

2015年に国連で採択されたSDGs。人類が豊かに暮らす地球環境を持続するために設定した17の目標のことを指します。一方で国連気候変動枠組条約において、1997年に京都議定書が、2015年にパリ協定が採択され、世界は大きなターニングポイントを迎えました。

その後、2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、産業革命前に比べた気温上昇を1.5度までに抑えることを求めた1.5℃特別報告書を公表しました。

日本では2020年に、当時の菅政権が2050年カーボンニュートラル実現を目指すことを宣言。地球温暖化対策計画やエネルギー基本計画などの見直しが進められ、経済界を巻き込んで脱炭素社会へ舵を切ることになりました。地域循環共生圏は、2018年に閣議決定された第五次環境基本計画の要となる考えですが、実は環境省が2014年から提唱していたものです。

地域循環共生圏が生まれたきっかけは東日本大震災です。2万人を超える犠牲者を出した未曾有の自然災害を体験し、私たち人間は自然とどう向き合うべきなのか。根本的な部分を改めて問われた気がして、サスティナブルな社会の青写真を描けるのは環境省しかないという思い至りました。

環境、経済、社会という3つを統合的に向上させる方向を打ち出し、縦割りだった環境政策をトータルで見直したとき、サスティナブルな地域・社会づくりという概念になりました。その際、上からの発想ではなく、人びとの日々の暮らしの現場からということで、提言としてまとめたのが地域循環共生圏です。

地球温暖化や少子高齢化など、根っこの課題は一人ひとりにあり、ボトムアップ型であることが特徴になっています。

地域循環共生圏=ローカルSDGs
地域循環共生圏の概念
ローカルSDGs事業と人々が接続可能な地域を作る

脱炭素社会の重要な役割を果たす森里川海

地域循環共生圏とは、いわば日本版のローカルSDGsです。脱炭素社会、循環経済、分散型・自然共生社会という3つの移行によって経済社会を再設計するというもの。脱炭素社会は地球に負荷がかからない社会のことで、循環経済はペットボトルのリサイクルに代表されるサーキュラーエコノミーのこと。

そして、分散型・自然共生社会とは、自然生態系を無視して一極集中で都市開発をするとリスクが高まることなどを踏まえ、健全な自然環境を尊重した人口分散型社会のことを示しています。

脱炭素社会に向けた取り組みとしては、脱炭素先行地域の選定が挙げられます。これまでに全国46ヶ所が選定され、2030年までに100ヶ所の脱炭素先行地域をつくることを目標としています。例えば、栃木県の宇都宮市と芳賀町では、LRT(ライトレール)を中心としたゼロカーボンムーブ実現に向けた計画が進むなど、各地域では脱炭素に向けた重点対策が行われます。

このような社会の中で大きな役割を担っているのが森里川海です。水や空気、食物は自然の恵によってもたらされることから、人間も自然の一部であり、私たちは森里川海に生かされていると捉えることもできます。

そのため、環境省では自然資源(森里川海)を豊かに保ち、その恵みを引き出すことや、一人ひとりが森里川海の恵みを支える社会をつくることを目的とした「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトを推進。考えを広める啓発活動や、子供たちに対する自然体験促進事業などを行っています。

国際目標としては、2030年までに陸と海の30%以上を保全することを掲げ、2021年のG7サミットで約束された30by30(サーティ・バイ・サーティ)があります。現在、日本は陸が20.5%、海が13.3%で、これらを30%までに引き上げるのは保護地域だけでは難しく、そのためにOECMを活用して目標達成を目指しています。

OECMとは保護地域以外で生物多様性保全に資する地域、つまり人の営みによって自然が守られている場所のこと。2010年に名古屋で行われた生物多様性条約第10回締結国会議(COP10)で、日本が主催国として提起したものです。現在は試行錯誤している段階で、2023年度以降に里地里山や企業が所有する森林、寺社仏閣の杜などがOECMに認定されれば、これらの地域が30by30の目標達成に貢献することになります。

森里川海のつながりが生み出す恵みと資源の循環利用
Nbs自然の仕組みや力を用いて社会問題の解決へ
地域と取り組む自然共生
OECM登録のための自然共生サイト(仮称)の認定

分散して自立する地域が相互連携して機能する

地域循環共生圏(=ローカルSDGs)の実現に向けた取り組みとしては、例えば岡山県北部に位置する真庭市の例が挙げられます。木材の産地として知られ、間伐材や製材後の端材をバイオマス発電の燃料として活用するほか、瀬戸内海で廃棄物として処理に困っていた牡蠣殻を水田の土壌改良材として活用。真庭里海米として学校給食にも使われています。さらに獣害対策として、流入するシカをジビエとして食用を促すなど、先進的な活動をいくつも行っています。

また有明海に面した佐賀県鹿島市には、水鳥の重要な渡りの中継地や越冬地になっている肥前鹿島干潟があります。湿地の生態系を保全するためのラムサール条約に登録されており、この湿地の保全をベースにさまざまな取り組みを展開。ラムサールブランド商品の開発・販売による売り上げの一部を保全活動を行う基金に還元したり、海苔養殖へのカモの食害対策として、干潟からカモを追い払うライトアップすることでナイトツーリズムのコンテンツをつくったりしています。

こうした取り組みが全国に広がり、いずれも地域の資源を掘り起こし、そこに地域のプレイヤーが連携して共同体や協議体が誕生。いろいろな知恵を出し合って、地域循環共生圏の発想で地域づくりに関する事業が行われています。

改めて淡路島について考えてみると、食材は豊富で魚介も野菜も美味。そこに古事記で紹介された「国生み神話」というストーリーが加わります。イザナギとイザナミの二神が日本列島の島々をつくっていった際、最初に生まれたのが淡路島だったとされています。こうした背景から、淡路島は歴史や伝統といった面でも多くの魅力を持っているのです。

すでにブランド性を持ち合わせている淡路島は、あわじ市が脱炭素先行地域に選定され、パソナグループが地域の特性を活かしたさまざまな事業を行っています。地域循環共生圏は全体の取り組みにおいてボトムアップ型の自立・分散にこだわっており、それは私たち人間の一つひとつの細胞が受け継いできたDNAによって、地球環境の変化を乗り越えてきた過去があるからです。

そんな生命体として人間一人ひとりが元気に存在していることを考慮すると、自立・分散して機能することが望ましいわけです。実際、江戸時代の日本は循環社会を構築し、その中で一人ひとりが個性を発揮。そんな暮らしの中から高度な文化や伝統、芸術が生まれてきました。最近ではウェルビーイングが注目を集めているため、第六次環境基本計画ではそういったことも含めて議論されています。

淡路島にはエネルギー循環や自然生態系の調和だけでなく、「国生み神話」によって受け継がれてきた歴史や伝統という切り口があります。地域の人たちの気持ちを駆り立てることができることも踏まえ、地域循環共生圏の考えを実践するトップランナーになれるのが淡路島ではないかと思っています。